
毎年思い立ったタイミングで銚子へ入っています。大体兄貴家族も一緒に行って、いったときは必ず墓参りをしてきます。
私は小学校時代、父の実家である銚子市愛宕町で兄と従兄たちと夏休みを過ごしていました。
遊びに行くのはほとんどが海水浴で海鹿島という海へおじいちゃんが銚子電鉄で連れて行ってくれました。
とにかく泳ぐのが大好きで昔ながらの大きなガラス製の水中眼鏡をつけて磯の中の貝やヤドカリを捕まえるのが楽しくて日焼けでアリンコみたいに真っ黒になっていたことを思い出します。
一番印象深かったのは祖父の想いでで、漁師をしていた祖父の友人が鮮魚の移動販売を3輪のトラックで営んでおり売れ残っては友人である祖父のところへ押っつけに来ていました。
お互いに毒舌吐きまくりでかなり仲良しなのかと子供心に老人でも仲がいいことは気持ちのいいことだなって感じました。
押っつけの中でも魚体3キロクラスのカツオを一尾100円で買ってナタでササっと三枚におろし、分厚く刺身に切ってくれてはニンニク醤油でガンガン食べさせてもらいました。
おじいちゃんは
「一成はカツオが大好きで半身食っちまいやがるんだ!?」
っと言ってはカツオが100円ってときには必ず買ってはさばいてくれた事を覚えています。
私の大好きなかつおは脂の全く乗っていない鉄の味がするやつで、いまだに戻りガツオは血が騒ぎません、そしてカツオを丸からおろすこともおじいちゃんのを見ていたせいか大好きです。
あとは銚子と言えば岩ガキの馬鹿デカイのが有名だったんですが、最近はからっきし聞かなくなりましたが、庭の七輪に練炭を仕込んでは殻ごと焼いては一口大にカットし殻の上に醤油をたらし香ばしく焼き上げてくれたのを覚えています。
昔は巨大な岩ガキも珍しくなく殻はグローブ大、中身の肉がテニスボール程度あり5、6枚にカットしても一口のサイズが大きかったことを覚えています。
今はそんなに大きなものは流通していないでしょう。
昔は資源が豊富でした。。。。
じいちゃんの友達今思い返すと渋いネタばっかり持ってました。
こんな夏休みを送っていた私の小学生時代は銚子が大好きでおじいちゃんも大好きでした。
おじいちゃんありがとう♪

